NO! NO! NO!
Fastwaveサーバ管理者からのお知らせ
- 日記の記述内容に関するご意見・ご感想は、各日記著者に直接ご連絡ください。
★今日のDVD……「豊田道倫 映像集2」(発売中・ハマジムレコーズ)
通販はこちらから
http://www.hamajim.com/
(enter後、画面下方の「BUY」を押してください)
豊田道倫公式サイト
http://www003.upp.so-net.ne.jp/sexy/
6/10、渋谷でハマジム主催、豊田道倫出演のライブイベントもあります。
http://www.hamajimrecords.com/
______________________________
「エロ本はもう終わる。完全になくなりはしなくても、あと数年以
内に潰滅的なほどに部数が減って、仕事はなくなる」。そう言われ
始めたのは昨年あたりからだったか。先輩のライターとそのことに
ついて、絶望的すぎて議論にならない話し合いを三時間やった翌々
日、人生で二度目の血尿が出た。
ライターになりたての頃は、文章がうまくなることだけ考えてい
た。うまくなれば仕事がある。うまくなれば明るい未来がある。そ
う思えた。そこから三年経ち、四年経ち、自分の何倍も上手いライ
ターがどんどん食えなくなっていく現実があった。昔は「ライター
になるなら、自分にしか書けない得意な分野を持て」と、よく言わ
れたものだったが、誰も追い付けないような得意分野をもっている
人でさえそれに関する仕事は少なく、有名な人であればあるほど名
前が邪魔になり、無名でなんでも書ける器用なライターの方がずっ
と稼げるという、そういう実状が見えてきた。
この世界では、有名になればなるほど、実は稼げなくなる。名前
を出して原稿を書いているより、無記名の原稿をつぎつぎと受けた
ほうがずっとお金になるからだ。もっともっと有名になれば? 単
行本が出るほど有名になったとしても、今は家が達つほどの印税な
んか、とてもじゃないけど見込めない。そこそこ売れたとしても、
たったのひと月、ふた月、やりすごすことのできる金額にしかなら
ないだろう。雑誌は売れない。でも単行本も売れない。
私は、文章を書くことが好きだから、文章がうまくなれば、いつ
か、思いきり好きなことが書けるようになるだろうということが希
望だった。そうなれば全てがうまくいくと思っていた。うまくなっ
てもどうしようもない、という未来なんて、想像もしていなかった
のだ。
個性なんか、いらない。「書きたいこと」なんか、いらない。そ
んなもの、必要とされたことはこの仕事を5年やって、ほんの数回
だ。ふと、自分の顔が歪んで見える。誰からも必要とされていない
ものを意固地になって一生懸命作ろうとしている、ぶざまな顔が見
える。いらないごみのようなものを、一人で大事に抱え込んでいる
間抜けな後ろ姿が見える。絶望の材料は今までだって十分あったの
に、生きているのがおもしろくてそのことに全然気づかなかった。
「豊田道倫の歌は、貧乏臭いからきらいだ」。そう言われたこと
があった。いいたいことはわかるようで、実は全然わからない。貧
乏なことと、貧乏臭いことはちがうからだ。私は豊田さんのことを、
貧乏臭いと思ったことがない。豊田さんの肉体は、セクシーだ。半
袖を着ると意外に腕が太くて、肩の線がやさしく柔らかい。豊田さ
んはときどき気分で、歌うときにスーツを着る。あたらしいスニー
カーを履く。たぶんにせものの、シャネルのサングラスをかける。
その日の気分をよそおう。贅沢なことだ。豊田さんほど、自由によ
そおうことのできる人を、私はほかに知らない。
「豊田道倫 映像集2」には、2000年から2005年にかけてカン
パニー松尾が撮影した、豊田さんのライブの映像が収められている。
豊田さんが歌うと「仕事」という言葉が違って聞こえる、宇多田ヒ
カルの「traveling」。川本真琴が、聴いているだけで恥ずかしく
なるほどあまく、小さなかわいいいきもののふるえるようなあの感
じの声で歌う「友達のように」。上品なルックスに鈴をころがすよ
うな声で「『一回だけ寝たあの子』というフレーズがありますが、
一回だけ寝たあの子、っていうのは、どのくらいいるんですか?」
とものすごい質問を投げる大宮杜喜子アナウンサーのトークが入っ
たラジオたんぱでのライブ(大宮アナのトークは「実況の夜」とい
うCDでも聴けます)。「ルイ・ヴィトン」「アルバ」といった、
タイトルだけでもうしびれかけてしまう曲。そういうものが、日本
のどこかで奏でられた瞬間の映像が入っている。
途中で「音楽もセックスも日常にあるものだという点では同じだ」
から、「だから僕は豊田くんをハメ撮りする」というテロップが入
る。本当に、この映像はAVみたいだ。なまなましくて、猥褻で。
ライナーノーツに「僕は豊田君の音楽と向き合うとき、いつもひと
りだ」と書いてあるが、私は、カンパニー松尾のAVも、夜中にひ
とりで観るものだと思う。劇場公開されないことを誇るべき種類の、
たったひとりで観るべき映像だと思う。実際私はそのようにしてカ
ンパニー松尾のAVを観てきたし、この「映像集」も、そうして観
た。
豊田道倫を見つめる、カンパニー松尾の映像は、それを「見て」
いることが幸せでたまらないという感情でにじんでいる。フジテレ
ビの歌番組の収録中にカメラを回し、モニターに映っている映像ま
で残らずきれいに舐めるように撮り、たまにふっと、その空間を味
わうように観客や、周りにあるいろんなものをちらりと見て、また
歌う豊田さんの顔を見る。名古屋に、京都に、大阪に、豊田道倫を
追いかけていくカンパニー松尾の映像には、東京から遠い場所で豊
田さんの歌が聴ける、その旅のときめきがにじむようだ。雨に都会
の薄っぺらなネオンがにじむように、カンパニー松尾の映像には、
豊田道倫の歌を聴くときの、からだから感情がじわっと染み出るあ
の感じが、ふんだんに湿り気を含んだままに映りこんでいる。
天才である豊田道倫も、同じく天才であるカンパニー松尾も、こ
こ数年、いやもっとずっと、そんな、才能に見合うほどのいい目に
なんて遭っちゃいない。音楽業界の現状がどうだか知らないが、A
Vの世界も楽じゃない。どんなものでも作っていい自由な世界は商
業主義の業界から締め出され、孤立どころか絶滅寸前だ。この先、
楽しい見通しなんて、まるでない。じゃあ、何かを作ることを、や
めるのか。やりたいことをやることは「何にもならない」ことなの
か。
たとえそうだとしても、私は全力を振り絞る豊田道倫を、滴る才
能を一滴残らず絞り切るカンパニー松尾を、見たい。
希望なんかなくたって生きていける。輝きを見ているだけで、幸
せなんだ。こういう瞬間が、あれば。光さえ、あれば。それだけで
生きる疲れなんか一瞬で忘れ去ることができる。恋人にさえ、家族
にさえ、打ち明けられないほどの絶望を抱え込む夜の暗さを、この
映像はあたたかく溶かす。ああ、もう、このままおしっこが真っ赤
になって死ぬぐらいなら、好きなことだけやって死んでやる。金に
なんなかろうが、知るか。暗い未来の話はやめて、ほんの少しの圧
倒的な現在を、見よう。2006年5月。たとえ明日が寒い雨の日でも、
明日は、買ったばかりの真っ白なタンクトップを着よう。好きな場
所へ行こう。42階の紅茶の店へ、代官山の下着の店へ、ハイアット
のプールへ、新宿の、小さなライブハウスへ。そうやって、この退
屈な世界から逃げ出そう。
発売日に出遅れた!
★今日のCD……豊田道倫「東京の恋人」12/02 on sale!
http://www.faderbyheadz.com/
豊田道倫公式サイト
http://www003.upp.so-net.ne.jp/sexy/
そしてDVD「豊田道倫 映像集?」(カンパニー松尾監督)同時発売!
http://www003.upp.so-net.ne.jp/sexy/dvd051202.html
豊田道倫の歌う「traveling」が聴けるのはこの一枚だけ! です。
どちらも新宿のタワーレコードなら、確実にあると思います。
______________________________
東京に来て、10年。豊田さんの歌を初めて聞いて、7年。おとと
い、朝9時の代々木の駅のホームで山手線を待っているあいだ、豊
田さんの新しいアルバムを聞いていた。
電車に乗る。ラッシュで、押されてよろけて、揺れる。図体の大
きなサラリーマンが、なぜか吊革につかまらず揺れるままに何度も
私の方に体重をかけてくる。
「すげー、これめっちゃ戦争って感じ」「ちょっとマジ痛えんだ
けど」「なんなんだよこれ、すげー押されてんだけど(笑)」みん
な黙っている中で、夜遊び帰りの男子学生5人組が聞こえよがしな
声で話す。自分たちはラッシュに揉まれるサラリーマンとは違う人
間で、こんなの馬鹿みたいだと、思っているんだろう。どうせ買う
やつはいないと踏んだ上で、「いって〜」「うぜ〜」とケンカを売
っている。
死ね、死ね、みんな死ね、死んじまえ、東京なんか、こんな世界
なんか、めちゃくちゃになってしまえばいい。東京に来て、その言
葉を何度思い浮かべたかわからない。
大学生の頃に、北村薫の「朝霧」という小説を読んだ。出版社に
就職した主人公が、大作家の先生に仕事で会って、俳句の話になる。
「淋しさにつけて飯くふ宵の秋」と「かなしさに魚喰ふ秋のゆふべ
哉」というよく似た二つの句のどちらが良いかという話になり、主
人公は「かなしさに〜」の方の作者、高井几董の話をする。溢れる
ばかりの才能があった人なのに、師である蕪村の亡きあとは句が作
れなくなり、酒の席で急死してしまった、暗く危ういものを持って
いた人のように思う、と。「そういう不幸な晩年も、運命によって、
前以て決められていたようにも思えるんです」と。
作家の先生は、それを聞いて真剣な顔でこう返す。「しかしね、
僕は、君に、《そういう人を好きだ》といってほしくはないね。そ
ういう生き方に感傷的な目を向けるのは、いかにも若い。自分の才
能を信じつつ、しかし、早手回しにうまく行くわけがない、挫折す
るだろうと読む。そんな思いを重ね合わせて《几董》を甘く包んで
いるんじゃないのかね」
「いいかい、君、好きになるなら、一流の人物を好きになりなさ
い。それから、これは、いかにも爺さんらしいいい方かもしれんが、
本当にいいものはね、やはり太陽の方を向いているんだと思うよ」
私には、今もこの言葉がぐっさりと刺さっていて、抜けない。
「東京の恋人」の中の何曲かを、夏にライブで聞いたときに、私
は豊田さんに「35の夜」という歌が好きだと言った。豊田さんは、
「マイナーコードの曲は、自分に酔ってしまうからあんまり作らん
わ」と何気なく言って、ギターを持って帰っていった。
死ね、死ね、という言葉を、何かの表現にして、発散することは
とても簡単だ。特に、マイノリティの側の人間が、マイノリティで
あるがゆえの怨念だけを武器に、メジャーに対して「死ね」と言う
ことは。でも、その先に何がある?
私が豊田さんの歌を好きなのは、豊田さんの歌がいつも、太陽の
ほうを向いているからだ。人の、誰の心にもある真ん中の部分を突
き差したような歌だから、好きだ。私は、マニアックな音楽が好き
なわけじゃない。人があんまり知らないようなミュージシャンを好
きになって、自分だけがその良さを知っていると、得意になってい
るわけじゃない。「ああ、あの、豊田道倫」と、さもわかったよう
な顔をして冷笑している人たちの言う「あの、豊田道倫」なんて、
知らない。豊田さんはただまっすぐに「豊田道倫」だ。
品川で取材をして、帰りの電車の中で、昼間の光が真正面から射
し込んできて、私は、この先いくらでも、どんなものでも書いてい
いんだと思うと、泣きそうになった。
バイトで生活してた頃、会社員だった頃、電車の中で、街の中で、
何度も豊田さんの歌を聴いた。自由になりたい、自由になりたいと
思って聴いた。聴いている間だけ、ほんとうの自分になったような
気がした。豊田さんの歌は、人から嘘を剥ぎ取って、むきだしにす
る。こんなことしてて、いいのか。こんなことやってて、人生が過
ぎていって、いいのか。今でも、自分がいいかげんに生きていると
思うとき、豊田さんの歌を聴くのがしんどく感じる。自分のかっこ
悪さをそれほど強烈に感じる瞬間はない。
豊田さんの歌は、希望だ。10代のころ、いくらでも可能性がある
と、何にでもなれると言われて、嘘っぱちの可能性につぶされそう
になったことを覚えている。可能性なんか、ない。夢なんかない。
なりたいものなんかあるものか。自分に何もできないことを20代も
半ばでようやく知って、絶望して、人生はそこから始まる。絶望の
中で見える希望は、まぶしく、生活の苦しいことや、どうでもいい
争いや、あちこちでついた傷なんかも忘れるほどに、力強い。そし
てその希望は、嘘っぱちなんかじゃない。
★ドグマ主催「D-1 CLIMAX」参加作品
カンパニー松尾「パラダイス・オブ・トーキョー」見ました。
詳細はドグマHP→
http://www.dogma.co.jp/AV/index.html
9/15発売です。(この作品は、ハマジムではなくドグマ販売とな
ります)
※内容に関わることを書くので、まっさらな状態で見たい人は、こ
こから先は読まないよう注意してください。
※長文を読むのがめんどくさい人へ、一言で言うと、最高傑作です。
セックスについて、内容について言うと、カンパニー松尾という人
は、どこまでも「普通の男」なのだなあ、と思いました。
普通は、AVに出演する時点でセックスに関しては「普通」ではな
くなってしまうんです。人前でセックスすることが当然のように許
されている世界では、セックスすることが当たり前になってしまう。
カンパニー松尾は「普通」であり続け、だから「彼氏がいるのにA
Vに出ちゃう女の子」とか、「人前で平気で裸になる女の子」のこ
とが、心にひっかかり続けていて、女の子に「監督と女優」や「男
優と女優」ではない、「普通の関係」を求める。平気で裸になって、
平気で演技をして、嘘をついて、そういうことを許さない。あくま
でも「男」と「女」でいたがる。
その関係の中では、自分も、言い訳はできない。「結婚してるのに
他の女とセックスしている」という重みを、背負うことになる。
裸になることが許されると、弛緩するんですよ、セックスも裸も。
その緩みがないから、初めて会って、セックスする高揚感が、すご
い。二人きりで、この世界から逃げ出して、そんなことやってたら
わかるでしょ? どんなことになってしまうか。
そして、そんなことしたって、このまま帰れない気持ちになったっ
て、既婚者の男には「可愛い」と「感謝する」しか、言えないんだ。
セックスすること、ビデオを撮ること、それしかできない。相手が
いちばんして欲しいと思ってることを、してやれない。ひとことだ
け、いちばん欲しい言葉を、言ってやれない。
傷つくのは女だけじゃない。男だけじゃない。そんなこと、もう何
度もやって、わかっているくせに。まるでセックスしている間だけ
は関係が続くとでも思っているみたいに、たて続けにからだを求め
る。からだをえさに、心を。ひきとめようとして離れていく。熱く
なりながら、自分でもびっくりするほど冷めていたりする。
わずかな希望をつなぐように、絶望を忘れるように、爛熟しきった
セックスが心もからだも巻き込んでゆく。
決して手をとりあえない行き違いの愛情がそこにはあって、その愛
情は、女に言わせれば嘘っぱちかもしれなくて、どうしようもない。
でも、本当に卑怯な愛情なんて、ないのだと思う。
東京タワーが、あんなふうにオレンジに見えるのは、春と夏の間だ
けです。いまはもう、あんな色じゃない。もっと白っぽい、蛍光灯
のような灯りで照らされている。私はそのことがとても悲しい。
この作品を、セックスが楽しいだけじゃないことを知ってしまった
人へ。楽しいだけじゃなくても、そのことの悲しみも含めて味わっ
てみたいと思っている人へ。誰かに、肌の下にまで手を入れて、触
れてみたいと思っている人へ。そうして触れあうことだけが、人生
だと、思っている人へ。
これは、あなたたちのための作品です。セックスを知っている人、
知りたいと思っている人のための、そういう人たちが、むきだし
の心で生きるための糧となる作品だと思う。
不倫の恋を知っている人、浮気のセックスが気持ちよすぎて溺れて
しまったことのある人、恋人とのセックスが、悲しくて仕方がない
人、セックスできないことに灼けつくような気持ちをもっている人、
セックスにやりきれない気持ちをもっている人、それでも、セック
ス以上のすさまじい欲望の濁流の場を知らない人へ。
私はいま、生まれたての赤ん坊のような気持ちです。
私はカンパニー松尾の作品を見るのは、いつだって少しこわい。自
分の身の丈をよく映る鏡ではっきりと、指し示されるような気持ち
になる。自分が松尾さんと同じ年齢になったときに、あれだけの強
度の表現ができるようになっているのか、と考えると、喉元によく
切れるナイフをつきつけられているような気分になる。いっそ自分
から突っ込んでいって駄目になった方が楽になるんじゃないかと思
うくらい、間近に切先が迫っているのを感じる。そして、本当の本
物のセックスを見せられることも、こわい。他人のセックスを羨ま
しいと感じることがこわい。
でも、いつもその恐怖に、圧倒的な喜びが勝つ。
東京に来て、よかった。
2005/09/14 雨宮まみ
XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX
「東京タワー好きとか、言ってたくせに。
東京も好き?
セックスは?」
「さっき会ったばっかなのに僕たち、それでもこんな風にしていいんだ」
「嘘つき、都合いいこと言ってるだけだろ。
俺がこんな風にやってるから、
それに合わせてるだけなんだろ?」
「なんで泣いてんだよ」
「俺の奴隷になりたい?
ウソだろ、これ撮影だよ? なりたいの?」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「好きです」
「何が? ×××が好きなんだろ」
「×××も、好きです」
「×××だけだろ。なんでだよ。
今会ったばっかりじゃん」
「あなた も 好きです」
「俺の名前も知らないくせに」
「みんなに言ってんだろ、そんなこと。
みんなとやってんだろ、こんなこと、ハメ撮りやってんだろ」
「なに泣いてんだよ」
「きもちよすぎると、泣いちゃう」
「朝まで一緒にいよう」
「……怖いから」
「もし俺が」
「もし俺が」
「もし俺が」
「好き」
「好き」
「好き」
「いじめてくれるから、好き。
簡単に好きになっちゃうの」
「ねぇ、これで最後でしょ、俺たち。
終わったらまたとっとと帰るんだろ?
彼氏んとこ帰るんだろ」
「また泣いてんの、泣き虫」
「きみの名前は」
「なにが、欲しい?」
XXXXX from 「paradise of tokyo」company matsuo XXXXX
★前回の9/2の更新のあとに、色々な意見が出ているので、紹介を。
安田理央さんのブログ「安田理央の恥ずかしいblog」
http://d.hatena.ne.jp/rioysd/20050902
遠藤遊佐さんのHP「エヴィサン。」
http://shinjuku.cool.ne.jp/evesun/
★そして、こんな時にしか書かない私も色々書きたいことがあるわ
けですが、まず最初に。
私の中では「ハマジム論争」というのは、もう終わってます。いつ
終わったかというと、「PORNOGRAPH」のDVDが出た、
その瞬間にです。ネット上で「ハマジム論争」を読んで下さってい
る方の中には、AVの事情にそれほど明るくない方もいらっしゃる
と思いますが、ハマジムは「PORNOGRAPH」というネット
の動画配信サイトの制作を請け負っていて、そこで発表した作品を
DVD化して販売しています。サイトもDVDも好調なようです。
「ハマジム論争」というと、すごく「売れてなくて困ってる」とい
うイメージを持たれている方もいらっしゃるかと思いますが、全く
そんなことはありません。
「PORNOGRAPH」のパッケージは、普通のトールサイズの
DVDのパッケージです。私は、そのことに少しも悪い印象を持っ
ていません。公式サイトで見て欲しいですが、すごくいいパッケー
ジです。今ハマジムは新しい戦い方をしているのだと思っています。
そして、ハマジムのオリジナル作品がどうすれば売れるか、という
ことについて、何かを提案したり、なぜこうなるのかという状況を
分析したりすることは、自分のすることではないという感じがして
います。ユーザーとしての意見を遠藤さんが書かれていることには
意味があると思うし、書かれていることにも理があると思う。私は
自分のライターとしての立場からは「どうするべきか」「どうした
ら売れるか」という分析を書くべきではないと思います。上にも書
いたように、ハマジムは現在も新しい作品を作り続けているわけで、
それに対して(しかも、前の作品に対して)「こうだったから売れ
なかった」とか「こうすれば良かったんじゃないか」と言いつづけ
ることにあまり意味を感じません。戦っている主体はハマジムで、
どう戦うかはハマジムの人が決めることです。
ハマジムの作品は現在も変わらずネットで買えますし、イベントな
どでこまめに物販もしています。そういう意味でも、何かを結論づ
けるのは早すぎると思います。
ハマジム公式サイト
http://www.hamajim.com/
★以上の二点をふまえた上で、私は「エロ分別化計画」と題された
安田さんの文章について、感じた違和感について書きたいと思いま
す。これは、遠藤さんも触れられていた「雨宮が、ハマジム作品を
サブカル扱いされることに対して感じる抵抗」にも関わってくる話
です。
すんごい長くなってしまった。すみません。覚悟して読んでくださ
い。
______________________________
私が安田さんの文章を読んで感じた違和感は、二点です。一つは
「エロを分別化」するという発想について、もう一つは、「分別」
の仕方そのものについてです。
まず、「分別化する」という発想についてですが、「エロであり、
なおかつ面白いものを求めているユーザー」は、安田さんの言うよ
うにいると思うし(私の目算は、安田さんのよりずっと少ないです
が)、遠藤さんの言うようにサブカルチャーを好きな人の中にもい
ると思う。そういう人たちを取り込むという発想には可能性を感じ
ます。7月に行われた松江哲明監督主催のイベント「セルフドキュ
メンタリーの逆襲」は、大入り満員でした。(このイベントはAV
のイベントではありませんが、AV監督としても活躍されている方
の作品が多数上映されていました)AV業界の人はほとんど見かけ
なかったし、どういう理由で見にきたのか全然想像もつかないバラ
バラな人たちがいて、大きな可能性を感じました。
ジャンルとして分別化して商業的に成立するほどの人数を獲得で
きるのか、という問題はさておき、私はそれを分別化したり、サブ
カルチャーの文脈の中に置いたりすることに、微妙な不安を感じて
います。
高橋源一郎さんの「性交と恋愛にまつわるいくつかの物語」とい
う本があります。その中に、AVの現場を舞台にした話が出てきま
す。明らかにバクシーシ山下監督作品を思わせるような、そんな描
写があります。私はこの小説を読んで、すごい不快感を感じました。
小説で人が何を書こうと自由だし、AVについてどう感じたか、感
じたことを書くのは、自由です。でも、私はこの作品の中でAVの
「エロ」の部分が全く描かれていないことに参ったし、こういうも
のがAVだと思われたらたまらないと思いました。
高橋さんは、もちろん、AVの世界に関する事実を事実として描
かれているわけではないし、事実を書く義務なんかありません。け
れども、サブカルチャーの文脈でAV作品が語られるとき、これと
同じようなことは、起こりうると思います。それは避けがたいこと
ですし、私がそのことを不安に感じる気持ちは、自分だけが応援し
ていたバンドが突然すごい売れて有名になってしまう時に感じる不
安と同じようなものだと思います。売れるなら、そういうことにな
るのはしょうがないです。それでも、売れて、評価されてくれれば
いいと思う。けれど「エロ」の視点が完全に抜け落ちた状態でAV
が評価される時に、私はいつも、実った果実のどこかが削ぎ落とさ
れているように感じるのです。
そして、分別化する・しない、ということ以前に私は「エロと、
『以前はエロのジャンルに含まれていたけれど純粋なエロではない
もの』」という分別の仕方に、とてつもない違和感を感じます。
安田さんは「純粋なズリネタと、そうでないもの」という分け方
をされていますが、私にはこの分け方が、わかりません。例えばそ
の分け方をした場合、「人妻不倫旅行」はどちらに入るのでしょう
か? 「東京交尾天国」は? ドグマの二村監督の作品は? 「僕、
専用。」は? どちらに入るのでしょうか。
これらの作品は、ものすごく純度の高い「ズリネタ」です。けれ
ど、純度の高いズリネタというのはそのほぼ全てが同時に「面白い」
のです。物語として、ドキュメンタリーとしての「面白さ」を併せ
持っている作品もありますが、それとは別の「面白さ」です。それ
は、「こんな味つけの、こんなエロいものがあったのか」という、
エロがエロであるがゆえの面白さです。
この「面白さ」が、「純粋なズリネタとは違う面白さ」に劣って
いるとは思いません。それ以前に「ズリネタとして機能しないが、
面白い作品」というものの例が、私にはよくわからない。ゴールド
マン監督の作品は今でも私にはすさまじくエロく感じられるし、ズ
リネタとしても異常に純度が高いと感じます。もっと言えば、私は
平野勝之監督の作品でも、バクシーシ山下監督の作品でも、「抜い
て」ました。抜けなかったら借りてなかった。あの悪名高い観念絵
夢の寒々しいセックスでも、抜きました。それは私が変わった趣味
だからではないと思います。「あんなに観念のことをイヤがってバ
カにしてたのに、結局ヤラれちゃう女」っていうのが、いやらしか
ったんです。「由美香」でも、くたびれてテンション低い時にがっ
つかれてダルそうにセックスしてる由美香さんは、エロかったです。
ズリネタたり得ることは、エロとして必須の条件です。
確かにそれらの作品に、「純粋なズリネタ」とは違う面白さが宿
っていることは、私にもわかります。けれど、その面白さと「純度
の高いズリネタ」が持つ面白さに、私はそれほど大きな違いを感じ
ません。同じものを反転させて見ているだけのような気がします。
それほど「違う」ものだとは思わない。だから「分別する」必要性
を感じないのです。ゴールドマン監督も、バクシーシ山下監督も、
現在セルビデオの作品の監督として仕事をしてらっしゃいます。そ
れは仕事を発注する側の人がお二人を「違う世界の監督」だと考え
ていないからではないでしょうか。
私は「ウィークエンド・スーパー」の時代を知りません。「写真
時代」の時代も、知らない。「HEAVEN」も「JAM」も、見たこと
がありません。でも私は「千人斬り」を知ってます。「URECCO G
AL」も知ってる。「マッドマックス」も知ってるし、「ウォーB組」
も知ってます。セルビデオの世界には、オーロラプロジェクトがあ
り、実録出版があり、豊田薫があり、ワープがあり桃太郎がありゴ
ーゴーズがあり、ドグマがあり、V&Rプロダクツもある。その世
界は信じられないくらい、豊かなんです。エロ本から1色(白黒)
ページが消えても、4色(カラー)のページで藪井勝利さんや大坪
ケムタさんが好きなビデオのことを書いてます。絶望なんか、しよ
うがないんです。不景気でAVメーカー各社はシノギを削り、監督
は売れる作品を作らなければクビを切られるどころか会社が潰れか
ねないというプレッシャーを抱えて仕事をしてます。上の人が決め
た企画や女優で撮らなければならないこともあります。予算にも限
りがあるし、ものすごいたくさんの制約がある。それでも、そんな
中から奇跡のようにエロく、面白い作品が生まれてきてるんです。
売れなきゃいけない、それはものすごくシビアなゲームです。その
中で売れてなおかつ内容のいいものを作ること、自分のやりたいエ
ロをやることは、すごく難しい。でも、それをやってる人がいる以
上、私は「状況が悪い」とは、絶対に言えません。ビデオメイトD
Xの松沢編集長は、いつもアロマ企画のTシャツを着てます。何枚
持ってるんだってくらいいつも着てます。私は携帯電話にハマジム
のステッカーを貼ってる。自分の好きなチームをムキになって応援
したりしてるわけです(松沢さんがそういう意味でアロマのTシャ
ツを着ているかどうかは定かではありません。でもそう思われても
仕方ないくらい着てる。そうでなければ他にTシャツを持ってない
か、オレンジ色が好きなのか、どちらかだと思われます)。
私はセルビデオを見始める前、AVには、「ちょっと変わってる
面白いもの」と「普通にズリネタとして使うAV」の二種類がある
と、安田さんと同じように思っていました。でも、見てみたらその
考えは変わった。「癒され荘」で、「美しい痴女の接吻とセックス」
で、「聖露出」で、私は泣いたことがあります。エロの純度が高い
ということは、それだけでものすごいことなんです。こんなセック
スがあるのか、こんなエロいことが世の中にはあんのかということ
が、ものすごい衝撃になって降りかかってくる。画面の中のセック
スへの嫉妬と羨望と、こんなものを見れたことへの感動と欲情で身
動きとれなくなります。全身汗びっしょりになります。その感動は
昔見た「ちょっと変わったAV」に感じた感動に比べて、遜色あり
ません。エロがエロであるがゆえに、豊かに実った果実があるので
す。私は「Auction02」は、昨年セルビデオの世界に実った、どう
しようもなく大きな果実だと思っています。だから、これが「AV
ではない」と言われることに、大きな抵抗を感じる。これがAVで
なかったら、一体何がAVなんだと思います。ドグマのホームペー
ジの「D-1 CLIMAX」の監督のメンツを見てください。この中の監
督を「純粋なズリネタ」と「そうでないもの」を撮る人に分けられ
ますか? 私は分けられないし、分ける必要も感じません。
カンパニー松尾も、ゴールドマンも、平野勝之も、昔安田さんが
「ズリネタ以外の可能性を感じた」AV監督は、シビアなセルの世
界で、堂々と戦って生き残れる力のある人たちだと、私は思ってい
ます。それが他の世界で紹介されて、他のジャンルのファンを獲得
することはかまわない。けれど、その前にエロという主戦場で十分
に勝てると思う。安田さんの持っている希望と、私の持っている希
望の本質は、同じものだと思います。それは、面白いAVがどんど
ん出てきてほしい、そしてそれがきちんと評価されてほしい、とい
う希望だと思う。その希望の持ち方が違うだけで。私はハマジムは
これから先、セルの世界で「勝てる」と思ってるんです。だから何
も不安を持っていないし、セルビデオを買っている人たちと、その
「良さ」をわかちあえる時が来るのを、本当に楽しみに、待ってい
る。私は、自分の好きなチームが勝つのを待ってるんです。好きな
チームが国内で戦い続けてる以上、メジャーリーグに行った方がい
いんじゃないかとか、言えません。行くのなら応援するし、面白い
ものを作り続けている限り、どこへ行ったって応援します。どこに
出ていったっていい。でもそれは、AVというジャンルでも十分に
通用するものでありうると私は思っています。私は、自分が少しで
も関わっている世界で、ハマジムの作品が生まれたことを、本当に
嬉しく思っています。それが他の世界で生まれるべきものだったと
は思わないし、他の世界に生まれた方が幸せだったとも思わない。
これから自由に生きていけばいいんです。そして幸せをつかめばい
い。戦っている限りチャンスはあるんですから。
そして私自身は、セルビデオの世界でこそ、ハマジムに成功して
ほしい。ハマジムのためにじゃなく、AV見てる人にこそ見てみて
ほしいからです。普段AV見てる人が見たら、どこが違うのか、ど
こが凄いのか、よくよくわかるはずです。自分がAVを見て心底驚
いたあの感じを、味わってほしいんです。私は「BUZZ」で書かなか
ったことより、同社の「JAPAN」にハマジム関係の企画持ち込んで
ボツにされたことより、ビデオ誌になんでもっと書かなかったのか、
そのことをとても後悔しています。部数は全然違うでしょう。けど、
私はAVのライターです。ハマジムのことで私が一番反省し、悔や
んでいるのは、その良さを、何よりもAVのユーザーに伝えきれな
かったことです。そこに伝わる可能性を、自分自身が強く信じて行
動しなかったことを、とても後悔している。そこに「好きになって
くれる可能性のある人たち」は、いたと思うし、今もいると思いま
す。
雨宮まみ
<pinksoda@md.neweb.ne.jp>
DiaryServer Digest/1.102 (DiarySrv::Diary/1.211 ; Compress::Zlib/1.34)
Created: 1997/12/09,
Updated: 2004/01/04